【第4子出産記録】携帯電話持ち込み禁止、付き添い人禁止のお産
この記事では、2024年7月時における公立サバーハマタニティ病院(建て替え前)での出産体験談を写真付きでご紹介します。
2024年夏、それは突然やってきた腰の痛みでした。上3人の出産経験上、腰痛開始が自分の陣痛の始まりなのは予想していました。さらに今回は少量ですが破水のようなことも夜中に起きたので、まさか?と驚きました。
もう来たかと思ったら、その間隔は15分、10分と一晩で一気に短縮され、痛みも増してきたので翌朝の9時過ぎにいつも通う私立病院の緊急へ急ぎました。
病院でスワブ検査をして破水していると診断され、それからCTGをとって陣痛が始まっているか検査をしました。
内診をした医師には子宮頸管は固く、子宮口は1.5cmしか開いてないから今日は出産にならないと思うと言われました。
CTGの結果からも陣痛はまだだけど破水してる以上、陣痛が始まるまで入院と言われました。
長期入院となった場合や子どもを早産で出産した後に保育器に入れる場合、私立病院だとものすごく費用がかかります。
薬代などを除いて乳児の保育器だけで一日300KDほど(15万円程度)かかるので、多くの人は私立から数日で公立のマタニティホスピタルのNICUに移ります。
恐らく早産になって赤ちゃんは保育器に数週間入ると予想されたので私はその場でサバーハマタニティホスピタルに紹介状を書いてもらいそちらへ入院することにしました。
実はこれが初めての公立病院での出産になります。
これまではわざわざ快適な私立を選ばない理由はなく、公立で出産するなんて微塵も考えたことはなかったのですが、主治医が公立でも働いていて、そこで出産していいよと言ってくれたので即決しました。
公立に行って驚いたことはいっぱいあります。

まず、入り口から男性立ち入り禁止です。夫と離れ、全て自分でやり取りしなければなりませんでした。多くの人はアラブ人で、アラビア語が主流の院内です。
また、公立とあってスタッフの人員や、モチベーションも様々です。診察の丁寧さや、一人一人にかける時間も私立病院より短く、慣れていない人には大変かも知れません。
病院内には車椅子を押したり、雑務をこなすポーターと呼ばれる外国人労働者が多数います。
その人たちがいないと、部屋移動もできないのが現実で毎回任意のチップを要求されます。
妻の雑務を行えない夫は、ポーターの一人に多額のチップを渡し「この先妻を頼む」と言いました。それを見ていた男性スタッフが夫に「大きなチップをあげないでください。彼らはチップをもらわないと働かなくなります。」と注意しました。
確かに、病院滞在中ことあるごとにポーターを使うことになるのですがチップをあげるまでその場を離れようとしません。
例えば、水を持ってきた人にチップ、NICUに行くために車椅子を押した人にチップ、カバンを押した人にチップという感じで、現金を持ってない私にとっては何をするにも気苦しく面倒でした。

分娩室は、古いカーテンで仕切られた80年代を彷彿させる屋内に出産を控えた妊婦が2名ベッドを並べています。
部屋にトイレがあるけれど共有だからか汚く、ものがあちこちに散乱している状態でした。私物の持ち込みは一切禁止なので携帯電話もなく、夫には部屋に一台ある有線電話で連絡を取りました。
CTGを2時間ほどとっても強い陣痛が見られなかたため、出産まで入院になりました。
公立のマタニティホスピタルで驚いたのは、研修医の多さです。患者の前にファイルが置かれていて、逐一看護師や医者が記入しては引き継ぎを繰り返し、医師が変わるがわるやってきてはファイルをチェックします。
一度に男女合わせて6名ほどの医者や研修医に囲まれることがなん度もあり、正直すごく不愉快な思いでした。どこの誰かも知らない人にお産を見られるのは気分が良くありません。しかし、公立で出産するならこれは当たり前のようです。

婦人科病棟の部屋はフィリピン人と相部屋でした。彼女は家事労働者で夕方になると友達のメイドや雇用主の幼子がお見舞いにやってきてみんなで夕食を食べていました。フィリピン人はどこにいても仲間意識が強く、賑やかな国民性だとつくづくと実感させられました。
その晩、腰の痛みが強まり、CTGをとってもらいましたが、これは陣痛じゃないと言われました。それが夜の10時ごろ。それからも痛みは続き、眠れません。夜中の1時半ごろにナースコールを鳴らし、痛みが強いというとまたCTGを取られ、今度は医者がこれは陣痛が始まってると判断し、内診をして子宮口が3センチ開いてると言いました。そこからすぐに分娩室へ移動しました。
看護師の多くはインド人で、人手不足なのがすぐにわかりました。それも、最近完成した新しいマタニティホスピタルに看護師を派遣し開院準備を進めているためでした。
看護師にすぐに麻酔ガスをもらい、一時はしのぎましたが、それも長くは続かず麻酔科医や他の医者が問診にやってきた時に「なんで麻酔を使ってないんだ?」と言ってるのが聞こえました。
過去3回のお産のうち、初めてのお産は無痛分娩を選んで産後の後遺症に悩まされました。麻酔がうまく入っておらず痛みも感じながらの出産でした。2回目と3回目のお産では1回目の経験をもとに麻酔なしでお産をしましたが、産後の回復は順調だったので4回目も麻酔なしでしようと思っていました。
ところが、あまりの痛さに途中で予定変更。
麻酔を打ってもらいました。この打つまでの時間に来る陣痛がどれだけ辛いか。看護師や医者と軽く口論になりました。笑
やっとこさ麻酔を打ってもらったら今度は効きが抜群で全く陣痛が感じられなくなりました。
医者が子宮口をチェックするまで無言で待機し、医者がもう全開じゃんと驚いていました。
しかし力が入らず、なかなか押し出せません。医者にお腹を押されて数十分かけてやっと出産しました。朝の7時42分のことでした。
次女を抱いた時、次女が泣いてくれたのでホッとしたのを覚えています。
カンガルーケアはほんの一瞬で赤ちゃんはすぐに取られました。それから子宮に残されたものを医者が二人がかりで取り出します。
お産をしたのはDr.Abdullahという医師とクウェート人の若い女医でした。この若い女医、私を見るなり「日本人でしょ!」と言ってきました。そして、新幹線でフィジー(Mt.富士のこと)に行けるんでしょ?一緒に行こう!とか、私のいとこは日本で博士号を取って日本語ペラペラなの。奥さんは日本人よ。などと驚きの発言を繰り返し、一気に目が覚めました。笑
日本旅行は高いの?と円安の今じゃ誰も聞かないことを聞いてきたり、日本に行くならどの時期がおすすめ?あなたの出身は?などと矢継ぎ早に質問されました。
それからが長い。
看護師や医者はシフトチェンジし、ただでさえ少ないスタッフは新しい病院に連れ出されもっと少なくなり、私を病棟まで連れてってくれる人がいませんでした。
夫がしびれを切らし、男子禁制の分娩室の入り口前で必死の訴えをして、やっとこさ話の通じるアラブ人看護師が私を病棟まで連れて行ってくれたのは娘が誕生して5時間後のことでした。
その間5時間ほど、飲まず食わずで携帯もない中、私はただ一人集団分娩室のベッドで待機状態だったのです。
産後は、入院病棟で一晩だけ過ごしました。
古い建物で、周囲のアラブ人家族(子ども)の騒ぎごえが響き渡ってとてもゆっくりできる環境ではなかったです。
メデラの搾乳機が各病棟にあって、必要な時に貸してもらえます。ルームサービスのようなシステムはなく、カフェにコーヒーを買いに行くこともできませんでした。


今回の経験から、私は金銭的に困窮していない限りわざわざ融通の効かない公立で出産するメリットはないと思いました。(すみません🙇♀️)
出産は私立で済ませ、多少の保育器料を数日間払ってもその後公立のNICUに移転させてもらえばいいと思います。
少なくともこの記事を参考にするであろう方は多くが日本人の妊婦さんだと思うので、わざわざ公立を選ぶ必要はないでしょう。


とは言いましたが、今回初めて公立でお産をさせてもらい、個室に数日間入院させてもらった上に無痛分娩で、産後子どもは3週間ほどNICUでお世話になっていますが、これまでに払った代金は薬代も含めてほぼゼロです。
強いて言えば、産後一泊泊まった個室が一晩1KD(500円)でした。個室でなければ無料です。
これは夫がクウェート人だからで、外国人だと少しはお金がかかりますが、それでも高が知れている額です。クウェート政府に感謝です。

現在は、隣接する新マタニティホスピタルがオープンしたので出産を迎える妊婦さんは古い建物を利用する必要はありません。
何はともあれ、娘が無事に産まれてくれて、母子ともに健康で産後のケアも十分にしてもらえている今、感謝しかありません。Alhamdlillah.




