【イード・アル・フィトル 2019】イードの一日
マルハバン!
いつもお越しいただきありがとうございます。
アルハムドゥリッラー、ラマダン2019も無事終わり、いよいよ待ちに待ったイードの日がやって来ました。
ラマダン明けのイードはイード・アル・フィトルと呼ばれ、3日間のお祭りのような?お正月のような?簡単に言うと断食をがんばったムスリムにとっては嬉しいハレの日なのです。
クウェート人の家庭では一体イードにどんなことをするのか、簡単にわが家の例をご紹介します。
イードの前夜は、ラマダーン最終日です。
明日からのことを考えるとウキウキが止まらないビートルマニアは、ずっとソワソワしてました(笑)
夫や姑は、子どもたちやメイドさんに配るお金(イーディーヤ)を銀行で細かいお札に替えて、大量の札束をこの日までに準備します。大家族なクウェートならではの習慣です。
日本でもそうですが、子どもたちは(メイドさんも)この日をとても楽しみにしているみたいです。
イードでは何か一つでも新品の服をまとうことが推奨されているので、この日までにイードで着る洋服、ダッラーア(女性用の部屋着?)、ディスダーシャ(男性の民族衣装)を新調します。
わたしは数日前に買ったものを、息子は姑がトルコで買ってきた服を身に着けました。
イード初日
朝、8時半ごろ、夫は男性だけが集まる親戚のギャザリングへ出かけていきました。
この時わたしは身支度をして、息子が朝寝から起きるのを待ちます。
10時ごろ、夫がギャザリングから戻ったタイミングでそのまま別の親戚の家へイードの挨拶に行きます。
これは例年、夫とわたし、息子、それから近所に住む夫の叔父といとこも一緒に行きます。
今年のイードも暑くて暑くて(ふぅ~)、車から玄関まで炎天下を移動する息子が可愛そうでした。
親せき宅に30分程度滞在したころで、姑から「おじさんが来るから家に帰って来て」と電話がありました。
急いで家に戻ると、親戚が数名わが家に挨拶に来ていました。
家で息子にあらかじめ用意してあったランチをあげ、1時間ほど親戚/子どもたちとお話しした後、次は姑のいとこの家にイードの挨拶に行くと言われました。
息子のおむつを替えて、慌てて近所のおばさんの家へ車を走らせます。
これまた車から玄関まで息子は炎天下の移動。
おばさん宅に着くと、大勢の親戚が集まっていました。
イードでしか会わない親戚もいます。
おばさんやその家族に挨拶し、ここで20分~30分滞在すると、次はその家にいたメンバーがわが家に来て姑に挨拶します。
家から家へ「親戚の大移動」です。
家に着くころには午後2時前で、足は痛いし慣れない忙しさにビートルマニアはもうクタクタでした。
息子も疲れて眠そうだったので、ここで一旦ビートルマニアと息子は休憩に入ります。
この間も1階では、姑や夫、親戚たちがワイワイ賑やかにおしゃべりしたり食事したりしていました。
息子が起きるとダッラーアに着替えて、下の階で行われているギャザリングへ顔を出しました。
30分くらいでしょうか、ギャザリングに顔を出した後、子どもをお風呂に入れて、夕ご飯を食べさせ、夜のギャザリングへ行く準備をします。
夜のギャザリングは、夫の亡きおばあちゃんの末の妹宅で行われます。
「日没の礼拝が終わったら集まって~」と前もってワッツアップで連絡が入っていたので、息子の寝る時間を考えてわたしたちは7時にはおばさん宅に到着しました。
おばさん宅では、夫のおじさんやおばさん、おばあちゃんの妹などが集まってました。
1歳の息子は慣れない環境と見慣れない人たちに囲まれて、わたしから離れません。
しばらくすると続々と親戚が集まりだし、わたしたちは1時間ほど滞在して帰宅しました。
家に着くと息子をパジャマに着替えて夜8時ごろには寝かせつけました。
3回のギャザリング外出で息子は疲れていましたが、、、
イードでは、普段会わない親戚に会ったりもできるので、子どもも大人もみんな嬉しそうです。
わたしも普段、よその家でのギャザリングにほとんど顔を出さないのでこの時ばかりは必ず出席します。
息子を連れて親戚ひとりひとりに挨拶回りをするのも母親の大事な役目だと思ってます。
衣装探しに始まって、夜のギャザリングを終えるまで気が抜けないイードの一日でした。
長々と書きましたが、お付き合いありがとうございました^^
イード・アル・フィトル 2019、今年も家族皆、笑顔でイードを迎えられてよかったです。
アルハムドゥリッラー。

