アッラーの名が書かれた紙はゴミ箱に捨てられない?イスラム関連書籍の正しい処分方法とは
イスラム教の国で暮らしていると、日本ではあまり意識しなかった宗教的なマナーや価値観に出会うことがあります。
クウェート生活で最近特に印象的だったのが、「アッラー(الله)の名が書かれたものの扱い方」でした。

ある日、子どもの学校教材を整理していたとき、イスラムの教科書を捨てようかキープしようか悩んでいました。そこで夫に処分していいか聞いたところ、アッラーの名が書かれた書物はゴミ箱に捨てたらダメだよと言われたのです。
ええええええええ?確かにコーランを捨てたらいけないとは聞いたことがあるけど、教科書もダメなの?????
夫は続けます。
「言っておくけど、君が壁に貼った手書きのコーランの一節も捨てたらダメだからね」
「はいぃぃ???」
いや、冗談でしょ?
とその場はスルーしましたが、後日気になってネットで調べました。

なぜ捨ててはいけないのか?イスラムの考え方
イスラム教において、「コーラン(聖典)」や「アッラー」という名は非常に神聖なものです。
それらを含む紙や本を粗末に扱うことは、信仰への無礼(不敬)とみなされる場合があります。
イスラム法(シャリーア)には、「神聖なものを汚してはならない」という教えがあり、
コーランを読む際は清潔な状態(ウドゥー:小浄)で触れることも推奨されています。
このため、書かれた文字そのものにも敬意を払う習慣が生まれたのです。
つまり、たとえ一枚の紙であっても、そこにアッラーの名やコーランの一節が書かれているなら、それを「ゴミ」として扱うことは避けられます。
コーランやイスラム書物を処分する際の基本的な方法

イスラム教徒の家庭では、コーランや宗教書を処分する際に次のような方法が一般的です。
① 焼却する(清潔な方法で)
火で燃やし、文字を完全に消します。
燃やす際には、煙や灰が汚れた場所に落ちないように気をつける人も多いです。
灰は風で流したり、地面のきれいな場所に埋めたりします。
ポイントは「神聖な文字を残さないこと」。
② 水に溶かす
紙を水に浸し、文字が読めなくなるまで溶かす方法です。
この方法はコーランを印刷する国々でもよく用いられ、
「穏やかで汚れない処分法」として推奨されることがあります。
③ 清潔な場所に保管する
すぐに捨てず、棚の上や専用の箱に入れて保管する人もいます。
「神の名が書かれたものを保護する」という意味合いもあります。

クウェートでの一般的な処分方法
クウェートでは宗教教育が生活の中に深く根づいており、
多くの家庭が「燃やす」か「モスクに持っていく」方法を選びます。
古くなったコーランやイスラム書籍を、モスクに寄付・返納する習慣があるのです。
モスクでは、専門の人が敬意をもって焼却や埋葬の手続きを行う場合もあります。
また、宗教関連の印刷物を扱う印刷所では、不要になった紙をまとめて宗教当局に引き渡し、適切に処理してもらうこともあります。
引き取った教科書は他国のイスラム教団体に寄付したりもするそうです。
一般の家庭では、
- 清潔な場所で静かに燃やす
- 文字が消えるまで水に溶かす
- モスクへ持っていく、のいずれかが多い様です。
家庭での注意点:子どもの教材や手作りの紙の場合
私のような日本人には特に、「家庭で作った宗教教材」をどう扱うか迷うことが多いと思います。
たとえば、子どものイスラムの宿題やコーラン暗唱用の紙など。
これらも同じく、アッラーの名やコーランの節が含まれているなら、通常のゴミとしては処分できません。
クウェートでは、そうした紙を清潔な袋にまとめ、後で適切に処理する人が多い様です。
また、学校でも「聖句が書かれたプリントはゴミ箱に入れないように」と教えられます。
子どもたちは幼い頃から、自然と“文字そのものを大切にする心”を学んでいるのです。

私が感じた「信仰を形にする文化」
日本では、宗教的な書物を扱う機会は限られています。
しかしイスラムの国では、「言葉」そのものに神聖さが宿るという考え方が生活の中に生きています。
夫に止められたあの日、私にとっては「ただの紙」と思っていたものが、彼らにとっては「神の言葉」だったことに改めて気づかされました。
その感覚は、私にとってとても印象深かったです。
信仰は、特別な儀式や祈りだけでなく、こうした日常の中の小さな行動にも表れるのだと思いました。
さて、子どもの勉強用に油性ペンで書いたコーランの一部の紙をどう処理しましょう。
今の所処分する予定はないですが、その時が来たら焼却するのかな。

